解説『戦場のメリークリスマス』|名作と言われ続ける理由
公開から30年たった今もなお、愛され続ける『戦場のメリークリスマス』
名作と言われ続ける理由は「豪華キャスト」「名曲」「色褪せることのない名シーン・セリフ」ではないでしょうか。
1942年、ジャワの日本軍俘虜収容所。まだ夜が明けきらない薄闇の中、日本軍軍曹ハラは英国軍中佐ロレンスを叩き起こす。朝鮮人軍属が白人俘虜を犯すという破廉恥な事件が起きたため、ハラが独断で処分する立会い人として、日本語を自由に操るロレンスが必要だったのだ。そこに収容所長のヨノイ大尉の気合が響く。隙を突いて朝鮮人軍属は銃剣を自らの腹に突き立てる。ジャカルタの軍事裁判で英国軍少佐セリアズが裁かれている。彼に熱い視線を送るヨノイ。茶番の処刑劇を経て、セリアズは収容所に移送される。そして、それがすべての厄災の始まりだった……。 ©大島渚プロダクション
『戦場のメリークリスマス』は当時の話題を詰め込み、「見たい!」と思わせる魅力の宝庫です。
公開当初、人気絶頂期だったキャスト陣。加えて、ビートたけしがラジオやお笑い番組でネタにしていたこともあり、幅広い世代から注目されていました。
●戦場のメリークリスマス異例の豪華キャスト
・デヴィッド・ボウイ
・坂本龍一
・ビートたけし
・内田裕也 など]
また、1度は聞いたことがるあのメロディー!「Merry Christmas Mr.Lawrence」は、ヨノイ大尉を演じた坂本龍一が手がけています。
●「Merry Christmas Mr.Lawrence」
しかし、名作と言われ続ける一番の理由は「何年たっても忘れられない名シーン・セリフ」の数々ではないでしょうか。
『戦場のメリークリスマス』は、年を重ねるにつれて視聴後の余韻が変わってくる深みのある作品。
「この年齢で見れて良かったな」と、いつ見ても思わせてくれます。そのため長く愛され、名作として支持され続けるのだと感じました。
解説『戦場のメリークリスマス』|アーティスト・人気芸人、豪華キャストの出演経緯
映画『戦場のメリークリスマス』は、俳優ではない豪華キャストたちが難しい役どころを演じています。
すんなりと出演キャストが決まらず、二転三転した末に豪華顔ぶれが実現。
当時からカルト的人気を博していた、3人が共演することになりました。
メインを固めるのは、世界的人気アーティスト「デヴィッド・ボウイ」や音楽家「坂本龍一」そして、お笑い芸人「ビートたけし」です。
大島渚監督は「一に素人、二に歌手、少し離れてスター、新劇俳優は十番目」と著書の中で語っており、独自のキャストセッティングを大切にしていました。
3人の出演がどのようにして決定したのか、経緯を各見出しで解説します。
ジャック・セリアズ役|デヴィッド・ボウイ
「セリアズ役」には、アベンジャーズにも出演しているロバート・レッドフォード。
ニコラス・ケイジをオファーしていました。しかし、2人には断られてしまいます。
そんな中、大島監督はブロードウェイの舞台「エレファント・マン」に出演していたデヴィッド・ボウイに一目ぼれ!
また、シナリオを読んだデヴィッド・ボウイも「いつでもこの映画のためにスケジュールを空ける」と、出演を承諾してくれます。
そして、デヴィッド・ボウイは本当に2年近くスケジュールを空けて『戦場のメリークリスマス』に出演を待っていてくれました。
ヨノイ大尉役|坂本龍一
「ヨノイ大尉役」には5人のキャストをオファーしていましたが、スケジュールが合わず断念。
三浦友和、沖雅也、滝田栄、沢田研二、友川カズキらが予定されていました。
一度は滝田栄が演じることで落ち着きそうになりましたが、ほかの仕事と被ってしまい実現せず…。
そんな中で、映画初出演の坂本龍一が大抜擢!原作者・ローレンス氏も納得の配役でした。
坂本龍一はヨノイ大尉を演じるだけでなく、作品を象徴する名曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」を含むサントラも手がけています。
大島監督からオファーを貰ったさいに「音楽は僕にやらせてほしい」と坂本自らが頼み、あの名曲が誕生しました。
映画音楽の制作も初めてだった坂本龍一ですが、大島監督からの指示はなく自由に作成したそうです。
ジョン・ロレンス役|トム・コンティ
「ロレンス役」には、ダイ・ハード3などに出演しているジェレミー・アイアンズが候補にあがっていました。
ですが、台本を読んだジェレミー・アイアンズに“同性愛が強い気がする”と断られてしまします。
そのため、トム・コンティが抜擢され「ロレンス」を演じ切りました。
当時トム・コンティは、まったく日本語を話せず音で覚えたそうです!
デヴィッド・ボウイ・坂本龍一・ビートたけしが注目されがちですが、トム・コンティの温かさを感じる瞳と日本語の演技は唯一無二ではないでしょうか。
ちなみに、完成した『戦場のメリークリスマス』を見たジェレミー・アイアンズ。後に、「断ったことを後悔している」と語っています。
ハラ軍曹役|ビートたけし
当時「ハラ軍曹役」には、緒形拳や勝新太郎がキャスティングされていました。
スケジュールの都合や、脚本の変更を求められ折り合いがつかず断念。
人気絶頂のお笑い芸人「ビートたけし」が、起用されました。
今でこそ「世界のキタノ」と言われるビートたけしですが、1983年公開当初は演技経験や映画に由縁のない芸人。
大島監督にも「自分は漫才師であり、きちんとした演技はできません。」と伝えていたそうで、たけしがNGを出すと助監督が変わりに𠮟られるなんてことも…!
大島監督はほとんどたけしにNGを出さない代わりに、アフレコを多く取りカバーしたそうです。
解説『戦場のメリークリスマス』|時代・舞台・関係性を整理
■ 時代
1942年、第二次世界大戦中
■ 舞台
日本統治下にある、ジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所
■ 関係性
日本軍と西洋人の俘虜、敵対関係
あらすじ解説『戦場のメリークリスマス』|ロレンスとハラ・セリアズとヨノイ大尉
1942年、早朝。日本統治下にある、ジャワ島レバクセンバタの日本軍俘虜収容所。
連絡将校であるロレンスは、ハラ軍曹に叩き起こされる。前代未聞の不祥事が起きてしまったのだ。
朝鮮人軍属のカネモトはオランダ人俘虜のデ・ヨンを犯してしまい、ハラ軍曹の一存で処刑が決定する。
その証人として、ロレンスが呼び出された。
同性同士の行為を“恥”と考えるハラ軍曹は、カネモトに切腹させようとする。
しかし、ロレンスは切腹を止め、デ・ヨンに何があったのか事情を聞くことにした。
デ・ヨンは、「カネモトはとても親切だった。だが、突然…。」と声を詰まらせてしまう。
その時、遠くからヨノイ大尉が帰宅した声が聞こえてくる。
ロレンスはヨノイ大尉を大声で呼び、このバカげた処刑を止めようとするのであった。
ヨノイ大尉の到着前に自決を試みるカネモトであったが、死にぞこなってしまう。
ハラ軍曹はヨノイ大尉に報告しなかった理由として、「勤務中の事故死として片づけることで、家族に恩給がいく」からと発言。
ヨノイ大尉は軍事会議のため、この件について一旦保留と命令した。
バビヤダで行われる軍事会議では、審判委員としてヨノイ大尉が参加。
日本軍の輸送隊を襲撃し、俘虜となった陸軍少佐ジャック・セリアズの裁判であった。
裁かれる身でありながら、反抗的かつ強い意志で無罪を主張するセリアズ。
日本軍に降伏し(わざと捕まり)過去を語らないセリアズは、スパイ容疑をかけられていた。
ヨノイ大尉は自ら尋問し、セリアズは嘘をついていないと判断。
しかし、すべての罪状で有罪とみなされ銃殺刑を執行されてしまう。
セリアズは処刑の際、目隠しは必要ないと拒み、最後まで処刑人たちを鋭い視線で捉えるのであった。
刑が執行されるが空砲であり、今回の銃殺刑はスパイ容疑を炙り出すためだったと察した。
あらすじ解説『戦場のメリークリスマス』|英国人と日本人・ヨノイ大尉の “行”
セリアズが俘虜として運ばれ、ヨノイ大尉は弱り切った姿を見て直ぐ医務室に運ぶようにと指示。
「あいつ(セリアズ)はどういう男だ?軍人としてはどうだ?」と、ロレンスに質問を繰り返し、「一日も早く彼を回復させるのだ。」と繰り返し命令する。
1捕虜であるセリアズを異常に気にかけるため、ロレンスは「なぜ彼に関心を?」と聞くが、ヨノイ大尉からの返答はなかった。
時同じくして、ヨノイ大尉はヒックスリー俘虜長に兵器や銃砲に詳しい俘虜の名を聞く。今後の戦いに向けて、必要な情報であった。
しかし、ヒックスリー俘虜長は国際法を盾に協力を拒む。
その夜、ハラ軍曹は捕虜収容所を訪れる。
ヨノイ大尉がセリアズを手厚くフォローするため、どんなに立派な将校なのか確認しに来たのであった。
捕虜収容所に泊まり込んでいたロレンスに、「(ヨノイ大尉が)セリアズを俘虜長にしたいと思うほどの理由は何だ?」と問う。
ロレンスは理由は知らないが「彼が生まれつきのリーダーだからだろう」と、自身の考えを話すのであった。
同じ頃。ヨノイ大尉が捕虜収容所に現れ、セリアズの容態を気にかけている様子をロレンスとハラ軍曹は目撃する。
朝になると捕虜収容所の近くでは、剣の稽古が行われていた。
セリアズが収容されてから、ヨノイ大尉はより精力的に稽古に勤しんだ。
しかし、稽古の威圧ある叫び声は病人の俘虜を怖がらせてしまっていた。
デ・ヨンも悪夢と聞きなれない叫び声に、うなされる1人。
ロレンスは病人の俘虜のため、ヨノイ大尉に稽古の声を控えるように提案する。
ヨノイ大尉は「(セリアズ)将校も怖がっているのか?」と尋ね、「彼も気にしている。」と聞くと「俘虜が怯えるならやめよう。」と承諾するのであった。
続けて「できることなら君らを全員を招き、サクラの木の下で宴会をしたかった。」とヨノイ大尉は語り始める。
「1936年2月26日に、死に遅れたことを後悔している。」と、ロレンスに打ち明けるヨノイ大尉。満州に送られ決起に参加できず、同士はみな処刑されており自分を責めていた。
ヨノイ大尉はひとしきり語り終えると、オランダ人俘虜のデ・ヨンを犯したカネモトの処刑を決定する。
処刑の立ち合いに、ロレンスのほかデ・ヨン/セリアズ/ヒックスリー俘虜長など捕虜数名が指名された。
セリアズは医者の判断で不在。処刑を見たい者などいなかったが、それをヨノイ大尉は許さなかった。
カネモトが切腹しハラ軍曹が介錯すると同時に、デ・ヨンも舌を噛み切り自殺する。
カネモトとデ・ヨンは叫び、見つめ合いながら一緒に絶命するのであった。
ヨノイ大尉はカネモトとデ・ヨンに敬意を払い弔おうとする。しかし、「切腹という文化」や「死を美徳」とする考えは西洋人には受け入れられなかった。
「あなたは間違っている!」とヒックスリー俘虜長に激しく怒鳴られるも、2人の死は公式な決定があるまで口外してはいけないとヨノイ大尉は箝口令を敷く。
そして、48時間の間、飲まず食わず外出せず“行”をおこなうことを俘虜たちに命令する。
あらすじ解説『戦場のメリークリスマス』|無線機とサンタクロース・俘虜2人の過去
“行”の最中、カゴいっぱいに赤い花を摘んで帰ってきたセリアズ。
日本兵に「その花は何だ!」と聞かれると「食う」と答えるのであった。
セリアズは、デ・ヨンを弔うように摘んできた赤い花を皆に配る。
花には饅頭が隠されており、“行”のルールを破り空腹の俘虜に分け与えていた。
しかし、俘虜が弔いの歌を合唱していると聞きつけた日本兵が“粗さがしのため”所持品検査を行う。
花や饅頭がバレてしまい、セリアズは連行・収容されてしまうのであった。
そこに、ハラ軍曹やヨノイ大尉が駆けつける。
引き続き行われていた所持品検査で、水筒に隠された無線ラジオを発見。
捕虜収容所に寝泊まりしていたロレンスが責任を取り、連行・独房に収容されてしまう。
夜。独房に収容されたセリアズの元に、日本兵が刺客として訪れる。
セリアズは地面に敷いていた絨毯を使い、暗殺者を気絶させることに成功。
命の恩人である絨毯にキスをし、絨毯とともに脱走を図る。絨毯はセリアズを気遣い、ヨノイ大尉が差し入れた品であった。
そして、セリアズは同じく拘束されているロレンスの救出に向かう。ロレンスは、両手を縛られ木に吊るされていた。
セリアズはロレンスを担ぎ脱走を試みるが、ヨノイ大尉に見つかってしまうのであった。
「絨毯を取り戻しにきたな。」とセリアズは笑い、剣を構える。
ヨノイ大尉も覚悟を決め刀を向ける。
しかし、セリアズは剣を地面に刺し、逃げることも襲うこともしなかった。
そんな最中にハラ軍曹が到着し「(セリアズ)を殺します。」と刀を抜くが、ヨノイ大尉はセリアズの前に立ち庇うように拒んだのだ。
「彼に好かれているようだな。」と、ロレンスはセリアズに微笑みかける。
セリアズの暗殺を試みた日本兵は、「(セリアズは)ヨノイ大尉の心を乱す存在だから殺そうと思った。」と述べ、切腹した。
自害した者には政府から恩恵が受けられないため、ハラ軍曹の取り計らいで“戦死”として扱いささやかな葬儀が行われていた。
葬儀に招かれたロレンスはヨノイ大尉から、処刑されることを告げられる。
ロレンスは一貫して無関係だと主張するが、無線機を持ち込んだ疑いが晴れなかったのだ。
セリアズと隣の独房に入れられたロレンスは、壁越しに思い出話をする。
ローレンスの「昔の女」の話を聞き、セリアズも過去に縛られ苦しんでいることを告白するのであった。
セリアズには、美しい歌声の弟がいた。
弟がパブリックスクールにあがるころ、セリアズは最上級生で成績も優秀な寮長。
しかし、弟はスクールに怯えていた。障害があり、それがバレるのが恐ろしかったのだ。
パブリックスクールには、歓迎会と称し“いじめ”が行われる。
最上級生で寮長であるセリアズはエリートな自分と同じように弟も完璧でいて欲しいというエゴで、「兄さん、助けて」と弟が叫ぶ声を無視してしまう。
その日から、弟は歌を歌わなくなった。二度と。
この時からセリアズは過去にとらわれ、気を紛らわすように戦争に飛びついたのだった。
戦いの最中は、心の重荷が降りて情熱を感じた。楽することなく、自分に罰を課すことだけが救いだったのだ。
昔話を終えたころ、セリアズとロレンスは日本兵に何処かに連行される。そこにいたのは、ハラ軍曹であった。
酔っぱらっいながら、ロレンスに”ふぁーでるくりすます”を知っているか?と問う。
ロレンスは弱った身体に似合わぬ、にこやかな顔と優しい声「サンタクロースのことですね」と答える。
ハラ軍曹はうれしそうに笑いながら、今日の私は”ふぁーでるくりすます”だとセリアズとロレンスを釈放するのであった。
ロレンスは感謝を伝え、セリアズと一緒に部屋から退出しようとする。
すると、ハラ軍曹は「ろーれんす!」と軍人らしい凛々しい声で彼を引き留めたあと、この上なく優しい声をかける。
「めりーくりすます。ろーれんす、めりーくりすます。」
あらすじ解説『戦場のメリークリスマス』|セリアズのキスと死・2度目のメリークリスマス
ヨノイ大尉が俘虜代表を集めると、独房にいるはずのロレンスがいることに驚く。
無線機を持ち込んだ人物が見つかり、本人も自白。直ちに処刑されたため、ハラ軍曹の一存でロレンスとセリアズを釈放したのであった。
一連の件を、ヨノイ大尉は知らなかった。
無線機の犯人・処刑について何の報告もなかったことに、ハラ軍曹を詰めるヨノイ大尉。
しかし、ロレンスと同じくセリアズも釈放したと聞くと黙ってしまうのであった。
この流れでヒックスリー俘虜長は、「(俘虜長)がセリアズになるという話は?」と要らぬ質問をし、ヨノイ大尉を怒らせてしまう。
「鉄砲に詳しい者の報告はどうした!」とヨノイ大尉が怒鳴るも、「武器に詳しい人間はいない。」と分かり切った嘘をつくヒックスリー俘虜長。
ヨノイ大尉の堪忍袋の緒が切れ、俘虜を一人残らず集めるように命令する。
病人の俘虜以外が集められたが、ヨノイ大尉は全員と言っただろ!一人残らず連れて来い!とヒックスリー俘虜長を激しく非難。
病人の俘虜が揃うと、「貴様らは全員病気じゃない!」と死にそうな俘虜や担架で運ばれている俘虜に八つ当たりしてしまう。
ヨノイ大尉は再度「武器に詳しい俘虜は何人いる」と聞くが、ヒックスリー俘虜長は「いません。」とまたもや反抗的な態度を繰り返す。
非協力的なヒックスリー俘虜長は、ヨノイ大尉の命によって処刑が確定するのであった。
ヨノイ大尉自ら刀を抜き、南無阿弥陀仏と唱えていると、セリアズがヒックスリー俘虜長の前に立ちはだかる。
ヨノイ大尉はセリアズに「どけ!どくんだ!」と悲願に似た怒りをぶつけるが、頑なにどかなかった。
そして、セリアズはヨノイ大尉を引き寄せて両頬にキスをする。
頬にキスをされたヨノイ大尉。セリアズを斬ろうと刀を振り上げるが、あまりの衝撃に失神してしまうのであった。
セリアズは捕らえられ、日差しが強く差し込む中、顔以外を土に埋められてしまう。
ヨノイ大尉への無礼は生き埋めの刑に値し、衰弱していくセリアズを助けられる者はいなかった。
生き埋めにされたセリアズの周りで、俘虜たちが歌を歌う。そして、セリアズは弟の夢を見るのであった。
夜。意識がもうろうとするセリアズの元へ、ヨノイ大尉が訪れる。
見張りの日本兵を去らせると、セリアズに近づきポケットからナイフを取り出す。
セリアズの毛髪を一束とり、ゆっくり丁寧に切り取る。切り取った毛髪を大切に紙に包むと、セリアズに敬礼し立ち去るのであった。
4年後、1946年。
ロレンスはハラ軍曹の元を訪れる。
ハラ軍曹は「やっぱり来てくれましたね」と、英語で話しかける。その顔は、とてもうれしそうであった。
戦争が終わりヨノイ大尉は処刑され、ハラ軍曹も戦争犯罪人として明朝に死刑執行される運命に。処刑前に一目会いたいと、ロレンスに手紙をだしていた。
ロレンスはセリアズを覚えている?とハラ軍曹に訪ねると、偶然にも夢に見たばかりだった。
ヨノイ大尉からセリアズの毛髪を預かり、ヨノイ大尉の生まれた村に持ち帰り神社に奉納してほしいと頼まれたロレンス。
思い出話をポツリポツリと話す中で、ロレンスに「あの日のクリスマスを覚えてる?」と笑顔で聞くハラ軍曹。
「もちろん。すてきなクリスマスでした。」と答えるロレンスに、「いいクリスマスでした。」とハラ軍曹も楽しそうに笑う。
一通り思い出にふけると、ロレンスは「勝利が辛く思われるときがあります。さよなら、ハラさん。」と出口に向かう。
その後ろ姿に向かって、「ろーれんす!」と引き止めるハラ軍曹。
決意と清々しさを感じるうるんだ瞳、満面の笑顔、この上なく優しい声で最後の言葉をかけるのであった。
「めりーくりすます。めりーくりすます!みすたー・ろーれんす。」
解説・考察『戦場のメリークリスマス』|恋愛? 友情? それぞれの関係性
「カネモトとデヨン」「ハラ軍曹とロレンス」「ヨノイ大尉とセリアズ」の関係性をストーリーから読み取り、考察していきます。
たくさんの解釈や考察がある中で、この記事では以下の様に考えをまとめました。
●「カネモトとデヨン」
相思相愛であったが、お互いに気持ちの整理がついていなかった状態。
●「ハラ軍曹とロレンス」
お互いの価値を認め合い信頼し合う、友情に近い関係。
●「ヨノイ大尉とセリアズ」
種を蒔く者と、育てる者。
「カネモトとデ・ヨン」の関係性
この記事では、カネモトとデ・ヨンは「相思相愛であったが、お互いに気持ちの整理がついていなかった」状態ではないかと考察します。
2人の死は淡々と進み、冒頭シーンの情報と自決シーンの情報しかありません。
日本軍と俘虜の関係、そして2人への扱いから同性愛が禁忌であると印象付ける描写です。
デ・ヨンがカネモトを追う形で自決したことにより、2人は愛し合っていたのか。
ただの加害者と被害者であり、不安定な心が自殺に繋がってしまったのか疑問が残りました。
デ・ヨンは悪夢にうなされたることや稽古の掛け声に怯えるなど、精神的に弱り切っています。
そのため、目の前での切腹にショックを受け自殺。
しかし、仮にも死ぬ寸前に犯された相手を見つめるのかな…?というモヤモヤが残ったため、今回の考察に至りました。
切腹を強要された冒頭シーンで、2人は言い訳するわけでも庇い合うわけでもありません。なのに、死ぬときは一緒…。
「お互いに好意はあるが、相手の気持ちが分からない状態」だったため、2人は成されるがままに罰せられていたのかなと思いました。
加えてデ・ヨンは、同性愛者ではありません。
気持ちの整理もついておらず、何も分からないまま特別な人が目の前で腹を斬る。
このような状態では、後を追ってしまうのも不思議ではないように感じました。
「ハラとロレンス」の関係性
ハラ軍曹とロレンスの関係は、お互いの価値を認め合い信頼し合う「友情に近い関係」であると感じます。
友情に近い関係ではありますが、ロレンスが好待遇だったわけではありません。
ジャワ島での俘虜生活は、理不尽な暴力に耐えなければならない苦しい思い出のはず…。
しかし、ロレンスは劇中でも「私は個々の日本人を恨みたくない」と発言しており、個の本質を見ています。
一方ハラ軍曹と言えば、屈託ない笑顔、正義感の強さ、仲間への配慮、悪気がなく武士道を押し付けてくる純粋さ。
人を憎まないようにと気を遣っているロレンスにとって、ハラ軍曹の裏表のない性格は付き合いやすかったのかもしれませんね。
加えて、ロレンスは「奴ら(日本軍)はバカじゃありません」「私は彼ら(日本人)を知っています」と敵国ながら日本を認め、対応も偽ることなく真摯。
そしてハラ軍曹も「お前ほど(立派な)将校が…」と、互いに尊敬し合っています。
ロレンスが自身の処刑を言い渡され「嘘を言えば良かったか!」とハラ軍曹に怒鳴った時、敵味方関係なく信頼関係があったのだと再確認しました。
ロレンスは重罪になる可能性があっても、(ハラ軍曹のいる日本軍に)嘘を言いませんでした。ハラ軍曹も真犯人を見つけ処罰し、ヨノイ大尉に相談なくロレンスとセリアズを釈放します。
ハラ軍曹のうれしそうな顔と、ロレンスの穏やかな表情。
セリアズは狂っていると感じた「めりーくりすます。」を、ロレンスはハラ軍曹の照れ隠しだと分かっていたのかもしれませんね。
セリアズとヨノイ大尉のように決定的な瞬間がないからこそ、2人の関係が爽やかに感じます。
衝突は少なくはないものの、しぶしぶハラ軍曹に付き合うロレンス。
夜に声を潜めて語り合うことも、助けたいと真犯人を探すのも、ロレンスとハラ軍曹だけが「めりーくりすます。」と言い合うのも、何ら変わりのない友情なのではないでしょうか。
「ヨノイ大尉とセリアズ」の関係性
ヨノイ大尉とセリアズ、2人の関係は「種を蒔く者と、育てる者」と考察しました。
愛や恋と、言い切ってしまうには純粋すぎると感じたからです。
ヨノイ大尉がセリアズに惹かれていたのは一目瞭然。軍事会議でセリアズを見てから、ヨノイ大尉は心を奪われてしまいます。
部下が「ヨノイ大尉の心を乱す悪魔」と、セリアズ暗殺を企てるほどですからね。
ヨノイ自身が気持ちをコントロールできていない様子から、セリアズに抱いている思いに気が付いていないのではないでしょうか。
好意があからさま過ぎるのも、無意識…。頬にキスをされ、溢れ出す気持ちに身体が付いていかず失神してしまう程です。
常に己を律している大尉は、「同性、しかも敵に尊敬以上の気持ちがあるかもしれない。」と気が付いてしまえば、セリアズの髪を切り取りに来なかったと思います。
ですが、「髪の毛をすぐに奉納せず、処刑されるまで肌身離さず持っていた」ということから、最期は自分の気持ちを理解していたのではないでしょうか。
一方、セリアズもまんざらでもないように感じます。
生きるか死ぬの大脱走だというのに、ヨノイから貰った絨毯を離そうとしません。
挙句、脱走が見つかりヨノイ大尉に刀を向けられても戦闘を放棄。
勝てる戦にもかかわらず、気持ちを確かめるように剣を置くのです。
生死の狭間という究極の環境下で、好意を弄び有利に働かせようともしません。ただ、セリアズはヨノイの気持ちを確認しただけ。それだけでです。
また、セリアズとヨノイ大尉と言えばあのキス。
真意は分からずとも、「自身の命を天秤にかけても、成すべきことだった」ことは確かです。
セリアズはヨノイ大尉がこぼす好意を受け止め、自分の思いをヨノイに蒔き。
ヨノイ大尉はセリアズが蒔いた思いを、ゆっくりと確認するように育てていくのです。
ロレンスが言った「セリアズは実のなる種をヨノイの中に蒔いた」という言葉が、彼らの関係そのものなのではないでしょうか。
解説・考察『戦場のメリークリスマス』|セリアズがヨノイ大尉にキスをした理由
あの場でセリアズがキスをしたのは、「ヨノイ大尉に間違った道を歩んでほしくないから」だと考察しました。
2人は大きな後悔を背負い、過去に縛られて生きてきました。
ヨノイ大尉はかつての仲間と死ねなかったことを悔み、セリアズは弟を見捨てたことを十字架として背負っています。
2人は自らに罰を課すことでしか、救われないのです。
そんな中で起こってしまったヒックスリー俘虜長の処刑。
ヨノイ大尉は立場上、戦闘に関する情報を共有しない俘虜は罰しなければなりません。
加えて、大勢の俘虜や日本兵の前で馬鹿にされては死刑しかありえないのです。
過去に縛られながら生きているセリアズは、ヒックスリー俘虜長を処刑した後、ヨノイ大尉が何を思うのか想像できたのでしょう。
ヒックスリー俘虜長を庇っただけでも重罪、ましてや大尉にキス…。処刑を覚悟しての行動です。
それでも「間違った道を歩まないでほしい」と、自分の命と引き換えにキスをしたのではないでしょうか。
規律を重んじ武士道精神を貫くヨノイ大尉は、惜しみなく与える“騎士道”精神に救われたのです。
解説・考察『戦場のメリークリスマス』|“めりーくりすます。みすたー・ろーれんす” に込められた思い
ハラ軍曹が戦争犯罪人として裁かれる前日、ロレンスに送った
「めりーくりすます。めりーくりすます!みすたー・ろーれんす。」
という言葉。
「ロレンスへの感謝と別れ」そして、「自分へのプレゼント」という思いがあったのではないでしょうか。
ロレンスに向かって「めりーくりすます。」と言葉をかけたのは、2度。
セリアズとロレンスを釈放する時、ラストシーンです。
“敵国の軍人”と“戦争犯罪人として処刑される日本兵”という2人の関係を考えると、会いたいと手紙を出すことも会いに来ることも奇跡の様だと感じます。
2人がジャワ島で過ごした時間より、離れて戦争を感じていた時間の方が圧倒的に長いのです。
そんな中で、最期に会いに来てくれた彼への感謝。
ロレンスと離れてから覚えた「サンキューやグッバイ」よりも、「めりーくりすます。」が気持ちを伝える最大の言葉だったのかなと。
ロレンスに会えて、ニコニコとうれしそうに笑うハラ軍曹を見て感じました。
また、明朝に処刑が確定していたハラ軍曹にとって、ロレンスといる今が“人生で最後の夜”
そんな夜に2人が思い出す「すてきなクリスマス」を、「めりーくりすます。」という言葉で再現したのではないでしょうか。
ハラ軍曹はあの日と同じ凛々しい軍人の声で、「ろーれんす!」と引き留めます。あの日と同じように笑顔で。
ただ違うのは、うるんだ瞳。
ハラ軍曹の笑顔は清々しさを感じる決意が目に宿り、魂の浄化を感じます。
この一瞬こそが、死を覚悟した自分に送る「最期のプレゼント」だったんのではないでしょうか。
解説『戦場のメリークリスマス』|実話?アフリカーナ作家が描いた原作「影の獄にて」
映画『戦場のメリークリスマス』は、作者ローレンス・ヴァン・デル・ポストの実体験から描かれた短編集『影の獄にて』に基づいています。
原作『影の獄にて』は3部構成になっており、映画は1部・2部を合わせた形に。
「1部 影の獄にて クリスマス前夜」
「2部 種子と蒔くもの クリスマスの朝」
「3部 剣と人形 クリスマスの夜」
3部はロレンスが俘虜になる前の物語です。
映画には組み込まれていませんが、ストーリーの流れに大きな違いはありません。
原作ではヨノイ大尉のラストが少し異なっている点やセリアズと弟の関係が丁寧に描かれているので、それぞれの人物像に厚みが増す印象でした。
しかし、残念なことに現在『影の獄にて』は絶版…。
簡単に読むことは難しいですが、ヨノイ大尉のセリアズへの気持ちや情景が美しい文章で語られています。
図書館や古本屋さんで、ぜひ探してみてください。
解説・考察『戦場のメリークリスマス』|名曲「Merry Christmas Mr.Lawrence」の意味
『戦場のメリークリスマス』のサントラには「Merry Christmas Mr.Lawrence」のトラックに、デヴィッド・シルヴィアンが歌詞を付けた「禁じられた色彩(Forbidden Colours)」が収録されています。
劇中で語られなかった心情が、歌詞から伺えますよ。
タイトルは三島由紀夫の「禁色」から引用。“神に従うべきなのか。己の心に従うべきなのか。”と、葛藤が繰り返されている歌詞が印象的です。
英歌詞の一部を直訳すると「私の愛は禁じられた色を着ています」と表現されており、語られることがなかった“誰か”の心情を感じます。
「禁じられた色彩」は映画では使用されていませんが、様々な和訳や解釈が存在。
ストーリー同様、考察が楽しい部分になっていますよ。
解説『戦場のメリークリスマス』|坂本龍一・ビートたけし、豪華キャストの制作秘話
切ないストーリーとは裏腹に、『戦場のメリークリスマス』には微笑ましい制作秘話がたくさん!
当時のラジオ「オールナイトニッポン」や、「テレビじゃ言えない (小学館新書) 」でビートたけしによって語られた裏話をはじめ、共演者同士や大島監督のお話しをご紹介します。
●「トカゲ事件」
冒頭に出演しているトカゲが思うように動いてくれず、イライラした大島監督。ついに堪忍袋の緒が切れ「おい!へたくそなトカゲ!お前はどこの事務所だ!」「もっとうまいトカゲはいないか!」とトカゲ相手にキレ出したんだとか!
●「演技が酷すぎてフィルム焼く約束をする2人」
ビートたけし・坂本龍一は今回が初の映画出演だったため、「お互い演技が酷いね…」と語り合い、盗んで燃やしてしまおうか…!と冗談を言い合っていたそう。
そして、厳しいと有名だった大島監督。たけしと坂本龍一は「もし怒られたら2人でやめよう」と約束していたと語っています。
●「まさかのアドリブが大ウケ!」
ヨノイ大尉が俘虜を招集し「貴様らは病気じゃない!」と狂気的になるシーンですが、坂本龍一のアドリブ。
これを気に入った大島監督は、「貴様らは病気じゃない!」と口真似しながら編集作業に打ち込んでいたようです…。まさかのアドリブ、そして監督が口真似するほど大ウケしてました。
●「名シーンはアクシデントの賜物だった」
ヨノイ大尉とセリアズのキスシーンは、少し画面がブレています。ヨノイ大尉の心情を表しているかのようなドラマチックな演出に思われますが、実はカメラのアクシデント。
重要なシーンだけにスタッフは青ざめていましたが、一番いいシーンということでそのまま使うことになったんだとか。結果、心を揺さぶるような名シーンが誕生しました。
大島監督・キャスト陣・スタッフが青春のように過ごした時間が、1つ1つの裏話に詰まっていますね。
感想・まとめ『戦場のメリークリスマス』|戦闘シーンがない戦争映画が伝えたかったこと
戦争映画でありながら戦闘シーンがない、しかし死者が出ないわけではありません。そんな『戦場のメリークリスマス』は、何を伝えたかったのでしょうか。
視聴した方の感想をまとめました。
https://twitter.com/moto_1221/status/1152509331746643969?s=20
https://twitter.com/ya_oryol_3/status/1397150214297841673?s=20
『戦場のメリークリスマス』は、銃弾が飛び交い、刀を振り回す場面は一切ありません。
しかし、闘わなくとも戦争による死者は防げず、物語の主要人物の多くが早すぎる命を終えていきます。
その罪がどれほどの重罪なのかも分からないまま、処刑されていく時代。
今ここに銃弾が飛んでいなくても戦争が続いているだけで、ヨノイ大尉のように「罪は必ず罰せられなければならない(その償いは無実の者でも構わない)」という考えが一般的になってしまう恐ろしさ。
戦闘シーンを描かないからこそ、彼らの言動に染み付いた狂気が切なく美しく感じるのではないでしょうか。