【ネタバレ解説】『もののけ姫』の裏設定・世界観など内容をわかりやすく解説

オっさん

更新日:

ジブリの不朽の名作『もののけ姫』。

今回の記事では、もののけ姫の世界をより楽しめるよう、作品内で明言されている設定の解説と、明言されていない部分の考察を書いていきます。


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目次

「もののけ姫」本編あらすじ/ストーリー解説



●呪いを受けたアシタカは村を追い出される

アシタカの暮らす村に、タタリ神(ナゴの守)が襲う。

アシタカは、タタリ神に殺されそうになった村の少女を助けるために、弓でタタリ神の目を射抜き、殺す。

その後、タタリ神に触れられ傷ついたアシタカの右腕が、どす黒く何かに侵食されたように変化。それを観たヒイ様は「いずれ死に至る呪い」と断言。

ヒイ様は「西の地に行けば呪いを解くヒントが得られるかも」と、なんとも不確かな情報だけ与え、アシタカを村から追い出した。


●ジコ坊「シシ神に会えばええで」

旅の途中でアシタカは『ジコ坊』と名乗る謎の男と出くわす。

アシタカの旅の理由を聞いたジコ坊は、軽く何か思案した後、アシタカに「西の方にシシ神の森がある」と、助言。

アシタカはジコ坊の助言に従い、シシ神の森へ目指す。


●サンとのファーストコンタクト

ジコ坊の助言に従い、シシ神の森へ向かうアシタカ。

その道中、アシタカは怪我をして動けなくなっている男たちを見つける。

救助の最中、人の気配を感じたヤックルに気付く。警戒して辺りを見回すと、川岸の向こう側に大きな白い山犬を連れた少女を見つける。山犬に育てられた少女・サンだ。

アシタカは名乗りを上げ「そなたたちはシシ神の森に住む古い神か?」と聞くも、少女たちはそれを無視して去ってしまう。

その後、アシタカは生き残った男二人を、タタラ場まで送り届けることにした。


●タタラ場

怪我をした男二人をタタラ場に届けたアシタカは、タタラ場の人たちにもてなされる。

アシタカはその食事の場でこんな話をされた。

「ナゴの守をやった時なんて見せてやりたかったぜ。」

『ナゴの守』というのは、アシタカの村を襲ったイノシシの事だ。その話を聞きアシタカは『自身の村を襲ったタタリ神の原因がここの石火矢だった』ということを知る。


●エボシとの対話

自身の村にタタリ神が来た原因が、ここの村にあると知ったアシタカは直接村の長・エボシと話すことにした。

エボシはアシタカの呪いに動揺した様子も見せず、ただ淡々と「愚かな猪め。呪うなら、私を呪えばいいものを。」と言った。

自身の行いに反省も謝罪もしないエボシに対し、アシタカは憤りを覚える。

しかし、エボシがただ金の為ではなく、弱者の生活を守るために行っているのだと知ったアシタカは、行き場のない気持ちを抱えることとなった。


●サンの襲撃

夜、森で出会った山犬と共にいた少女・サンがタタラ場に襲撃してきた。

一人の少女を村全体で殺そうとするその光景に、アシタカはたまらず間に入る。

両者の戦いを止めるためサンとエボシを気絶させたアシタカは、エボシを村の女性に渡し、サンを肩に担いで村を出ていく。

その際、サンに恨みを抱く女性の放った銃弾により、アシタカの腹が撃ち抜かれる。

重傷を負いながらも、アシタカの脚は止まることなく、村を後にした。


●森に不穏な影

サンは瀕死のアシタカをシシ神の湖にまで運ぶ。生命と死を司るとされるシシ神にアシタカの命を委ねることにしたのだ。

その頃、シシ神の首を狙うジコ坊率いる狩人たちが、シシ神(デイダラボッチ)が塒に帰る様子を見ていた。シシ神の昼間の塒が分かればシシ神殺しの計画を進めることができる。あとは、エボシにこの事を伝え、自身の代わりに神殺しをしてもらえれば良い。

そんなジコ坊の監視台で見つめる先には妙な光景があった。イノシシの大群だ。一人の狩人が「鎮西の乙事主だ!」と言った。シシ神の森に、海の先に居るはずのイノシシの群れがやってきていたのだ。


●神殺し、決行

ジコ坊はエボシに「そろそろシシ神殺しを行う。」と伝えにきた。

エボシは、自身の村の人間を守るためジコ坊から『シシ神殺しを手伝う代わりに石火矢衆(侍から村を守るための戦力)を借りる』という契約をしていたのだ。後に引けなくなったエボシは、ジコ坊と共にシシ神殺しを決行することとなる。


●一方その頃のアシタカ

傷が癒えたアシタカは山犬の寝床から発つ。

タタラ場の方へ向かうと、なにやら争う音が聞こえる。近くまで来ると、タタラ場に侍が攻め入っているのが分かった。

今、タタラ場の男たちはみんなシシ神殺しのためにエボシと共に山へと言っているのだ。そんな女と病人しかいないタタラ場を狙って侍が押し寄せている。女たちは石火矢を持って勇猛果敢に抵抗しているが、侍の数は多い。籠城戦もどれだけ持つか分からないといった状況に追い込まれていた。

アシタカは、そんなタタラ場の危機をエボシに伝えるため、再び山へと戻るのだった。


物語の最後・ネタバレ注意


アシタカがエボシの元へ向かっている時、サンは傷を負い瀕死の乙事主を連れてシシ神の湖へと向かっていた。

しかし、その後を付けている者たちが居た。ジコ坊率いる師匠連の狩人とエボシたちだった。

殺したイノシシの皮を被り、乙事主を欺いてシシ神の塒に案内させるつもりなのだ。

イノシシの皮を被った人間を仲間と勘違いした乙事主は「戦士が帰ってきた!!黄泉から帰ってきたぞ!」と狂乱する。そして、乙事主はサンの呼びかけも空しく、人間の罠に嵌りタタリ神へと変貌してしまう。

シシ神の湖へとたどり着いてしまった乙事主とアシタカ、サン。

アシタカの必死の訴えも意味をなさず、エボシはシシ神の首を打ち落とす。


●溢れ出た呪い、あるいは死

瞬間、首のなくなったシシ神から溢れ出る、黒くドロッとした何か。それは触れた人間、木、生きるものすべてを犯し、生命を奪っているようだった。

そんな状況に陥っても、エボシは「約束の首だ!」と刈り取ったシシ神の首をジコ坊に渡す。

首がなくなったシシ神は、黒い呪いのような姿になって暴れ始めた。

「首を探してる。」と、察したアシタカは、自分の、人間の手で首を返そうとサンと共に動き出す。


タタラ場に攻め入った侍。

タタラ場の女たち。

エボシたちに殺されたもののけ。

呪いに侵された木や動物たち。


どこもかしこも死でいっぱいだ。

首を探して、シシ神の呪いはどんどん範囲を広げていく。


●終幕

首を返したいアシタカと、日が昇ればシシ神は消えるからそれまで逃げたいジコ坊。

平行線を辿る両者の意見は、シシ神が追い付き、両者が呪いに囲まれたことで決着がつく。

どうしても意見を曲げないアシタカに、ジコ坊は「どうなっても知らんぞ…!」と首の入った桶の蓋を開ける。

「シシ神よ!首をお返しする!」

アシタカとサンが首をシシ神に返すと、シシ神は朝日を浴びてその巨体をゆっくりと倒していく。湖の中へと頭から倒れたシシ神。その衝撃で強い風が辺りに吹きつける。

…風が通り過ぎると、呪いによって枯れ果てた自然に緑が戻っていく。

森は蘇った。しかし神はもういない。

全てが解決したアシタカとサンは、それぞれの場所で生きるため、自分たちの居場所へと帰っていく。それは別れではなく、生きる世界は違えども共存していこうという二人の決意だった。


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「もののけ姫」の世界観/時代設定


もののけ姫の考察に入っていく前に、物語の中で分かっていることや用語などをまとめます。


巨岩信仰が少し残る時代


巨岩信仰というのは、自然信仰と置き換えてもいいです。

物語序盤、アシタカがヒイ様と話している建物の中に大きな岩があり、それが祭られているようになっています。おそらくこれは巨岩信仰の名残でしょう。実際、アシタカはコダマを見ても「森が豊かなしるしだ。」と、コダマに怯える西側の人間と比べると、物の怪への理解が高いように見えました。

日本の巨岩信仰がいつまであったのかというのは具体的に判明していませんが、始まりは『古墳時代前期』という説が有力だそうです

しかし、エボシのいる西側は侍がいたり、火縄銃があったりと文明が進んでいるので、『戦国時代前半の文明がある自然信仰が残る世界』なのでしょう。


エボシ御前とタタラ場


『タタラ場』はエボシが物の怪の山を開拓し、築いた村です。

近くにある山から採れる砂鉄を溶解し、鉄を生成。それを売ることで生計を立てています。

本来、この時代のタタラ場というのは『女性厳禁』です。

これは男尊女卑とか力仕事だからという理由ではなく、鉄を司る神『金屋子神』は女神であり、女に嫉妬するからという信仰からくるもの。そのため、鍛冶関係の作業場には女性を入れない掟があったといいます。

ここからも分かるように、『エボシのタタラ場』というのは徹底して、時代に根付く『神』を全否定する存在なのです。


ジコ坊が所属する『師匠連』


師匠連について詳しいことは作中で描かれていません。

ただ、「やんごとなき方々」や天朝(天皇)などと繋がりがあり、神殺しのような汚れ仕事を引き受けることができる…とても堅気とは言えなさそうな組織であることは間違いないでしょう。

師匠連の『石火矢衆』が使う石火矢は明国のものです。

エボシタタラを襲う侍の様子を見る限り、まだ弓矢が主流で、石火矢はそこまで浸透していないように思えます。

そんな石火矢に精通した石火矢部隊を、他人に貸与えることができる程の財力と組織力。もしかしたら、師匠連の大元は明国なのかもしれません。

因みに、ジコ坊が率いていた狩人衆(地バシリと呼ばれる人たち)は、師匠連のメンバーではなく、ジコ坊がおそらく「天朝さまの書きつけ」を使って個人的に雇った狩人です。


シシ神・デイダラボッチ


シシ神が昼間の姿で、デイダラボッチが夜の姿です。

このシシ神は作中で「命を与えも奪いもする」とだけ言われており、具体的にどんな神様なのかというのは明言されていません。

「シシ神様は死にはしないよ。命そのものだから。」というアシタカの言葉が本当だとするならば、シシ神は命のあるがままの姿を現しているのでしょう。生きるも死ぬも、自然の許すまま、赴くまま。そんな彼からしたら、そこに物の怪と人間の区別などありはしないのかもしれません。


タタリ神の正体


『痛み』『恨み』『殺意』『死の恐怖』に支配された生物のなれの果て。 

タタリ神がどうして現れるのかは、作中で明言されていません。

最初に登場した『ナゴの守』は「死を恐れ逃げ出した」からタタリ神になり、『乙事主』は(おそらく)人間への殺意でタタリ神になりました。


※タタリ神の考察については【『呪い』の正体とは?】という項目にて説明しています。


「もののけ姫」解説&考察


ここからはあくまで私の『推測&考察』がメインとなります。

『もののけ姫』を見ての考察になるので、ネットにある噂話や有名な憶測、実際に宮崎駿監督が言ったとされる(ソースが見つからない)言葉などはあまり考慮していません。

なのでもしかしたら、そういった部分とは食い違うものもあるかもしれませんが『これも一つの見方』として楽しんでいただければと思います。


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テーマは「環境問題」?伝えたいこととは?


自然と共に生きる森の生き物たちと、現代化し始める人間との衝突がこの物語の主軸です。

最終的に自然を守護していた(ぽい)シシ神は人間に殺され、それが原因で汚染された自然は一応元に戻りましたが、『完全に元に戻ることはなかった』というのがこの物語の結末。


森は元に戻った。だけど、神はもういない。


一度壊したものを完全に元に戻すことは難しい。しかし、その後どう向き合っていくか考えることはできる。そんな人間の失敗と教訓と未来への歩みを表現する綺麗なラストだったと、私は感じました。


まぁ、もののけ姫はそんな環境問題をテーマとした面白い作品なわけですが、これのせいで宮崎駿監督が環境保護団体から色々インタビューされて「面倒」と言っていたらしいのは、とても笑えるエピソードですね。


「アシタカせっ記」というタイトルになるはずだった


どうやらこの作品、宮崎駿監督は「アシタカせっ記」というタイトルにしたかったらしいですね。

たしかに、物語は基本アシタカ視点で進むので、上記の話を聞くと「なるほど、やっぱアシタカが主人公だったのか」と納得します。


実際、宮崎監督もアシタカを主人公としてこの作品を作っていました。


そうなった原因というのも、映画プロデューサーの『鈴木敏夫』という方が「『もののけ姫』の方がインパクトあるな」と考え、反対する宮崎監督を無視して発表してしまったというのが、この主人公とタイトルがちぐはぐになった原因だそうです。

そのおかげと言えるのかは分かりませんが、もののけ姫は今でも『傑作』と評価されるほどのヒット作品になったので、このタイトル強行突破は成功だったのでしょう。


だからテーマ曲『もののけ姫』はアシタカ目線



タイトルが『もののけ姫』で強行されてしまったこの作品ですが、テーマソングはタイトルに逆らうように「この物語の主人公はアシタカなんや」と主張している曲ですね。

曲タイトルも『もののけ姫』となっていますが、歌詞はどう読んでもアシタカ目線で書かれています。

森でサンに出会い、その自然と共に生きる少女の神秘的な美しさに心を奪われるアシタカ。その彼女の本心を知ることができるのは、寄り添えるのは、きっと人間と共に生きる自分ではなく、森の生き物たちだけなのだろう。と、心惹かれつつも、彼女の選択を尊重するアシタカの心情が、たぶんこの歌詞なのでしょう。


アシタカはめっちゃラノベ主人公

アシタカの置かれた状況とはどんなだったのか

・少女を助け、呪いに侵される

・村を助けたのに村から追放される

・呪いによって人間性と引き換えに強大な力を得る

・獣に育てられた少女とのラブコメ

・戦争に第三者視点で介入、からの解決

・そしてイケメン


これはラノベの主人公。間違いない。

そんな主人公アシタカが置かれた状況というのはどんなものだったのでしょう。


膨大な力を得る、いずれタタリ神になる 



アシタカが侵された呪いは、ヒイ様が言うような『ただ宿主を殺す呪い』ではありません。

彼女は、アシタカがいずれタタリ神になってしまうという事実を隠していました。

この呪いは、宿主の『負の感情』をエサに宿主に力を与え、そして呪いが身体をどんどん蝕み、最終的に負の感情に飲まれると宿主は『タタリ神』へと変貌します。


●膨大な力を得る

物語序盤、アシタカは旅の途中で戦場にかち合います。

そこで侍に襲われる女性を助けるため弓を打ちますが、その時、呪いに侵された右腕に異変が起こり、放たれた矢は侍の両腕を吹き飛ばしていまいます。

ここで、この呪いがヒイ様の言うような『ただ宿主を殺すだけの呪いではない』というのが分かります。


●タタリ神への兆候

無抵抗の女性を襲う侍を見た時弓矢で人間の頭部を吹き飛ばす
ナゴの守に石火矢が撃ち込まれた話を聞いている時何かに耐えるように右腕を抑える

エボシ

「愚かな猪め、私を呪えばいいものを」

右手が勝手に刃を抜く
タタラ場の人間がサンを殺そうとする

コンザの刀を素手で曲げる

10人で開ける門を一人で開ける


「いずれ(タタリ神になり)死に至る呪い。」だから、ヒイ様は村をタタリ神の脅威から遠ざけるために、あえて真実をぼかし、根拠もなく適当に「西に行けば呪いを解くカギが見つかるかも」と言ってアシタカを村から追い出したのではないでしょうか。


まぁ、呪いを解くことができるかは分からなくとも、西にタタリ神の原因となった人物がいることはこの時点で察していたでしょうから、「こちら、お返しのタタリ神です。」という気持ちがあったかもしれないですね。


『呪い』の正体とは?

【もののけ姫】アシタカの呪いとは何だったのか

シシ神からあふれ出た、老廃物かウィルスのような何か。それはおそらく物の死そのもの。


▼タタリ神の呪いとシシ神の関連性が見受けられるシーン

【アシタカがタタラ場の男二人を助ける】

シシ神がアシタカを認識した瞬間、アシタカの腕の呪いは動き出す。その後、アシタカの肉体疲労が急に回復し、体が軽くなった。

【胸を石火矢で撃ち抜かれたあと】

森の湖でシシ神に銃創を直してもらう。しかし、その代償なのか右手の呪いが広がってしまう。

【サンとアシタカが首を返す場面】

生首から溢れ出た体液に触れた二人に呪いの痣が広がっていく。

【物語ラスト】

シシ神が消えたことでアシタカ(ついでにサン)の呪いも消えた。


この世にあるものには死が付きまとう。仮にシシ神が『生命』を司る神なのだとすれば、そこには必ず『死』も存在する。

シシ神はそれをため込んだり、森に還元することができる存在だったのではないでしょうか。

ナゴの守(最初に登場したタタリ神)の「汚らわしい人間どもめ、我が苦しみと憎しみを知るがいい…。」というセリフで、まるでアシタカがナゴの守に呪われたように見えましたが、物語に登場するシシ神以外の動物は『ただの強く賢い動物(もののけ)』に過ぎず、死後誰かを呪うほどの力は見せません。


というか、そんな力があるのなら、まずエボシやタタラ場の人間を呪うでしょう。私ならそうする。誰だってそうする。


つまりアシタカは、ナゴの守に呪われたのではなく、ナゴの守に寄生していたシシ神ウィルスに触ったことで感染したのです。『触らぬ神に祟りなし』タタリ神に触れたから、アシタカは呪いに侵されたのです。


モロの君も言っています。



「お前たち、手出しするんじゃないよ。タタリなんぞもらうもんじゃない。」



実際、首謀者のエボシはタタリ神に触っていないので、最後まで呪われることはありませんでした。


●『怒り』『殺意』『生への執着(死の恐怖)』で呪いは成長する?

先述でも挙げた通り、(おそらく)アシタカが『怒り』『殺意』を抱いた瞬間に、呪いは反応しています。

そういった場面では必ず、呪いが蠢き、アシタカは右腕の違和感に呻き、強力な力を発揮した後、呪いの痣が広がります。

また、アシタカが力を欲する場面でも、呪いは反応しているので『殺意』に加え『生への執着』にも反応するのでしょう。


死の恐怖におびえ、生に執着する気持ちが大きくなればなるほど、人間性・理性を奪われ、最終的にタタリ神となってしまいます。鉛球を打ち込まれ、迫りくる死におびえ逃げ出した、あのナゴの守のように。


宿主の行動を誘導しているのをみると、この呪いの性質は『ハリガネムシ』や『ロイコクロリディウム』のような寄生虫に近いかもしれないですね。


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ジコ坊「バケモノにはバケモノぶつけんだよぉ!」


序盤アシタカを助け、一緒に野営した謎の男『ジコ坊』。

彼はシシ神の首を狙っていました。


物語の中でも、シシ神の首を取るために色々と計画していたのが判明していますので、きっとアシタカよりもその辺の情報に精通していたことでしょう。だからこそ、ただの人間であるジコ坊には、シシ神を直接やり合うにはいささか不安がありました。

ジコ坊にとって、アシタカはその計画を後押しするための『丁度いい鉄砲玉』だったのではないでしょうか。


弓矢で人の首を吹き飛ばす異能を持ったバケモノ(アシタカ)を、シシ神にぶつけ、弱ったところを自分たちがとどめを刺す。おおむねそんなことを考えていたと思います。

もしかしたら、


①強力な異能を持つ青年を見つけた利用しよう

②タタリ神に遭遇したって?

③ほうそりゃ…じゃあその力はタタリ神の呪いか


と、アシタカから『礫』を見せられたあの少しの間で考えていたかもしれませんね。

エボシとの会話を見ている限り、ジコ坊は『自身のリスクをいかに少なくして依頼を遂行するか』『最小のリスクでどう最大の利益を得るか』と考えていそうなキャラクターに見えたので、「アシタカに無償で助言したのはなんでかな?」と考えると、あり得なくはない話だと思います。


なぜシシ神を殺そうとするのか 


ジコ坊自体はシシ神にそれほど執着はないようです。


 エボシ

「まさか、そなたまでシシ神の首に不老不死の力があるとは思っていまいな。」

ジコ坊

「やんごとなき方々や師匠連の考えはわしには分からん。分からん方がいい。」


ただ、『シシ神の首で不老不死になれる』という噂を聞いたどこかのお偉いさんが、ジコ坊の所属する『師匠連』に依頼したのでしょう。


その依頼でどれほどの報酬が支払われるのかは分かりませんが、あの世界での神殺し(誰もやりたがらない汚れ仕事・でも国の発展のために上はやりたい)なので、ジコ坊自身もかなりの利益を得ることができる仕事なのだと思います。


・不老不死が欲しいやんごとなき方々

・採掘のために山が欲しいお国


そんな人たちが師匠連に依頼、そしてジコ坊は師匠連から「んじゃお前、神殺してこい」と命令される。ジコ坊はなるべく自分に降りかかるリスクを軽くするため『村を発展させるための力が欲しいエボシ』を利用。おおよそそんなところでしょう。


ジコ坊が優秀だから振られた仕事なのか…切り捨てても問題ない人間だから押し付けられた仕事なのか…個人的に、ジコ坊は後者のような気がしてなりません。


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エボシ御前とはどんな人物なのか

エボシとはどんな人物だったのか?その背景は?

最初の登場シーン。タタラ場VS山犬の戦闘後、谷に落ちた男たちをエボシは無視して帰還します。

「冷徹な悪役キャラなのか?」と思えばそんなことはなく、村では病人や女性が安心して暮らせるよう尽力し、そして村人にも慕われています。



「その人(エボシ)はわしらを人として扱ってくださったたった一人の人だ…。わしらの病を恐れず、わしらの腐った肉を洗い…布を巻いてくれた…。」



エボシの村にいた包帯姿の人たちが『ハンセン病をイメージしていた』という話は、結構知られていますね。

ハンセン病は、現在では治療可能な感染症ですが、昔はかなり酷い差別を受けていた病気です。



行き場のない『売られた娘』

差別されどこにも居場所がない『病人』

そんな人たちの生きる場所を作っていたのが、エボシという人物です。


エボシの背景


「男は頼りにできない。」


タタラ場の女性やエボシは度々そういった言葉や態度をとります。

そして、「エボシさまときたら、売られた娘を見るとみんな引き取っちまうんだ。」という村の男性のセリフ。


売られた少女たちの保護。

度々口にされる男性に対する不信感。


おおよそ、ここからエボシがどんな人生を歩んでいたのかは見えてきますね。

きっと、男たちに弄ばれたか、女性蔑視(軽視)の激しい環境で今まで生きてきたのでしょう。物語の中で詳細は語られていませんので、エボシの背景は憶測の域を出ません。


なぜシシ神と戦うことになったのか?


結論から言うと、エボシはジコ坊と『武力を借りる代わりに神殺しをする』という契約をしていました。


・砂鉄を採取するための安全確保(物の怪の排除)

・安全で近道な流通経路の確保(物の怪の排除)

・鉄を狙う近隣国への対抗手段(侍との戦闘)


女が多く居るエボシの村に必要なのはこの3つです。つまり、武力が何よりも必要なものでした。

作中でエボシはジコ坊にこう忠告されます。


ジコ坊

「石火矢衆は侍と戦うために貸してるんじゃないぞ。」


エボシが率いていた石火矢連中は、実はジコ坊から派遣された人間だったんですね。


エボシの村は鉄で生計を立てています。勿論そのためには採掘が必要なので山に入りますが、山にはいまだ神秘が色濃く残る『山犬の一族』が山の自然を守っています。そして物語前半の様子を見るに(採掘だけでなく)流通の為にも、物の怪の存在はエボシたちにとって邪魔な存在でした。

物の怪だけじゃありません。鉄を狙って近隣の国も侍をよこしてくるのでその対処もしなくてはいけません。


つまり、エボシが何よりも欲したものは『武力』です。


エボシは、村の人たちが安心してこれからも暮らしていくために、物の怪の排除と侍に対抗する武力の確保はどうしてもしたかった。そんな状況に目を付けたのが、『神殺し』の依頼を受けたジコ坊です。

おそらく、『物の怪に対抗するための武力を貸すから、神殺しを代わりにやってくれ(わしは呪われたくないからなぁ)』そんな契約内容だったのでしょう。


生きているのなら神様だって殺してみせるエボシ


シシ神殺し進行中、エボシはアシタカに「村の人たちが危ないから戻った方が良い!」と言われても神殺しを続けます。

一見冷たいように見えますが、それは村人たちへの信頼の形でした。だって、彼女はもう繋いでいたから。


砂鉄の採れる山、製鉄の技術、取引先の開拓、そして女でも扱える石火矢。


エボシは既に、自身が居なくても村が成り立つと確信していたのです。あとは自分がこのシシ神を殺し、山の脅威を取り除けばいい。だから彼女は帰らなかった。

シシ神から溢れ出た呪いにも動じないのは、既に自身の命と引き変えてでも、この神殺しを遂行させるという決意の表れだったのかもしれません。エボシ様、ほんとにいい女が過ぎる。



エボシはサンの母親かも?という噂


エボシ

「森に光が入り、山犬どもが静まればここは豊かな国になる。そうすれば、もののけ姫も人間に戻ろう。」


エボシは、自身の村を脅かす山犬の娘・サンも『人として』助けようとしています。


サンは赤子のときに森の供物、山犬から逃れるために森に捨てられました。…もし、サンの両親がいた国が豊かであれば、お金があれば、力があれば、そんなことをする必要はなかったはず、とエボシは考えたのでしょうか。


売られた娘を助け、

差別される者を助け、

そして、貧困の犠牲となったサンもエボシは助けたいと思っているようです。


それは、自身の境遇と重ねているからでしょうか。あるいは…どうすることも出来ず森に捨ててしまった自身への罪滅ぼしだったのでしょうか。

しかし、物語の中で明確に二人の関係性を示唆するものはありません。


●モロがエボシに憎悪を向けている?

『モロがエボシに対して憎悪を向けている。きっとサンを捨てたのがエボシだからだろう。』という意見もありますが、モロはセリフの中で


エボシ    →「あの女」

サンを捨てた奴→「森を犯した人間」


と分けているので、もしエボシとサンの間に何か関係があったとしても


サンを捨てた人間

=エボシ?

=サンの母親?


と考えるには少々無理があるように思います。


モロは年長者でかなり賢い物の怪なので、何度もエボシ率いる石火矢衆と相対していればおのずと『集団を指揮しているのは誰か』というのも理解できたと思います。だから、エボシがサンの生みの親でなくても、モロがエボシ個人に向けて憎悪を向けることは十分あり得ることです。


エボシがサンに向ける情は、単純に『捨てられたもののけ姫』を自分と重ねてしまっているだけ、と個人的には思います。


「曇りなき眼」に笑った理由


「物の怪とて人とて同じこと。お互い守るものがあり、強請れないものがあるから戦うのだ。殺すのだ。平等な目線(曇りなき眼)で見たお前は、一体どちらを悪と切り捨てるのか見ものだな。」


そんな事を思っていそうです。

実際、直後に彼女は「分かった。私の秘密を見せよう。」と言って『弱者を保護するエボシの姿』を見せるのですから、アシタカの言う「曇りなき眼(正義・平等)」なんて、子供が夢見る空想のおとぎ話のようなものだと、わざと突き付けているようですね。


アシタカとサン、やったよね?

アシタカはサンとやったのか?

『アシタカはサンと寝たか問題』…。

問題のシーンは、アシタカがサンに介抱された塒での場面です。傷が癒え、歩けるようになったアシタカがサンと同じ寝床で夜を明かします。


その後、アシタカがサンに『お守り』を送ったことを考えると、アシタカ側にサンへ特別な感情があったことは見て分かります。

アシタカがサンに渡したお守りは、村を追い出されるときにカヤから貰ったものです。カヤが「お守りするよう息を吹き込めました。」と言っているようにあれは『相手の安全を願うお守り』です。アシタカが、これから人間と物の怪の争いに巻き込まれるサンの身を案じていたことは間違いありません。


では、サン側はどうだったのでしょうか。


サンのアシタカへ向ける眼差しが変わっている


これはかなり私の主観も入りますが、サンがアシタカと初めて出会った時の視線と、怪我をしたアシタカを介抱し数日過ごした後のサンでは、アシタカに向ける眼差しが変わっているように見えます。

山犬の塒で、サンがアシタカに「歩けたか?」と問う姿には、確かな優しさを感じ取れました。


母はお見通し


モロ

「お前には、あの若者と生きる道もあるのだが…。」


乙事主に加勢しに行くサンへモロが言ったセリフです。

モロは、サンがアシタカに惹かれていることを分かっていたのでしょう。そして、もしかしたら二人がそういう関係になっていることも知っていたり…?


アシタカへの確かな信頼があった

●アシタカへ助けを求めるサン

サンがタタリ神へと変貌した乙事主のウニョウニョに巻き込まれている時、アシタカの声を聴いたサンは迷うことなく「アシタカーッ!」とアシタカに助けを求めます。

初めて出会った時の「人間なんて嫌いだ」と言って殺気立っていた姿から随分変わりました。

シシ神が助けた、というのも加味されているのでしょうが、もしここに男女の関係があるとしたらこの信頼もなんとなく分かります。


●人間の味方をするアシタカに怒るサン

そしてその後、シシ神を殺したエボシにとどめを刺さず、助けようとするアシタカの姿に「結局お前も人間の味方なんだ!」と怒ります。そこには「裏切られた!」という感情が確かにあったように見えました。「裏切られた」なんていう感情は、相手を信頼し心を寄せていなければ生まれません。


結論|やったんやろなぁ…


「サンがこの短期間で、アシタカに信頼を寄せるようになったのは何故なのか?」と考えてしまうと、やはりそこには男女の関係(物理)が背景にあったんじゃないかなぁ、と思わずにはいられません。


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カヤには子供が居る?なぜ?


そもそも「カヤって誰?」と思う方も居るかもしれませんので、軽く紹介しておきましょう。


アシタカを「兄さま」と呼ぶ13歳ほどの少女

物語序盤、アシタカが村を追い出されるときに見送りに来てくれた少女が『カヤ』です。

カヤは村を出るアシタカに対して「いつまでもお慕いしております。」と言って、アシタカにお守りを渡しています。これは完全に兄妹ではなく恋人に向けて言うセリフです。しかもカヤは掟を破ってまでアシタカの見送りをしていますから、その愛情はとても深いものでしょう。


え!?ジブリが近親相姦ものやって良いんですか!?

ではなく、この少女はおそらく婚約者または恋人です。

というのも、この「兄さま」という呼び方は、現代でも存在する『年上の男性を表す言葉』だからです。今でも名前の知らない男性を「お兄さん」と言って呼ぶことがありますよね。そういうことです。


「カヤに子供が居る」という説が流れた理由


残念ながら、カヤはその後登場することがないので、カヤについて考察できる要素は『アシタカが村を出るまで』だけになります。

そんな短い登場でなぜ「子供が居る」なんて説が出てきたのでしょう。


●アシタカヒコ=首長または貴族

村でアシタカはヒイ様から「アシタカヒコ」と呼ばれていました。

『ヒコ』というのは地域の男性首長や貴族の尊称であり、アシタカはおそらく『エミシの一族』の当主か、村・一族の重要ポストにつく人物だったのです。

その場合、一族の男子の役目として『子をなす(血を繋ぐ)』ことは必須だったと思います。


●髷を落とす=家に戻ることはない

村を出る前、アシタカは髷を切ります。

頭を丸めることは現代ではただ「反省」といったイメージしかありませんが、昔は髷を切ることは『出家』を意味しました。

出家というのは「世俗を捨てて仏教の道に入る」ことを指しますが、この物語の場合アシタカの背後にいる男性の悲痛な表情を見る限り「もうここに戻ることは一生ありません。」といった意味合いでの『出家(髷を落とす)』なのだと思います。


●大事な次期首長を追放して良かったのか?

一族の血を繋ぐことが重要であったと考えると、あそこまですんなりとアシタカを追放したことに疑問を感じます。

逆に「なぜ簡単に追放したのか?」と考えた時、こういう結論にたどり着きます。

『カヤのお腹にはアシタカの子がいた』

血はすでに繋いだ。だから惜しむことはあっても誰も引き止めなかった。そういう見方が出来るのです。


浮気?いいえ、一夫多妻が許される時代です


アシタカがカヤのお守りをサンに横流ししたり、サンとラブロマンスを繰り広げたりすることに、一部からは「浮気」「カヤをふった」「カヤがかわいそう」という意見があります。


しかし、アシタカが『アシタカヒコ』であることと、アシタカのいた村の文化レベルを考えれば「一夫多妻がまかり通っていた立場・文化」であったと考えられます。


つまり、アシタカからすれば浮気でもカヤをふったわけでもなく、カヤもサンも両方愛していたということです。精神的両手に花。さすがジブリで一二を争うイケメンキャラですね。


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海外での評価・感想


海外でも『もののけ姫』は肯定的な感想が結構多いですね。

Amazonのレビューでも高評価が多数でした。



めっちゃスゴイ!

★★★★★

この映画めちゃくちゃ良いね!でも宮崎駿の映画は他も知っていたし、ガッカリすることはないと思ってた(笑)



大満足

★★★★★

観てよかった。



ただ息をのむ

★★★★★

この作品はスタジオジブリの中でも最高の出来だと思う。ストーリー展開、見事なアニメーション/アート、そして今まで見てきたどの映画よりも美しい音楽。作中の音楽が頭から離れません。



やば

★★★★★

大体のジブリ作品は好きだけど、中でも「もののけ姫」「ハウルの動く城」が大好きです。最高のストーリー。



ジブリが好きなら絶対気に入る

★★★★★

宮崎駿監督の作品が好きなら絶対気に入る作品。何年も前に観たけど、今回ついにDVDの購入を決めました。



Amazonレビューでは、商品の損傷などで評価が下がっている部分もありますが、おおむね作品に対しては好意的な評価が多かったですね。

私は勝手に「海外では『唯一神』が主流だし、自然や動物を神と呼ぶ文化は馴染みがなくて理解されにくいんじゃないかな…?」と思ってましたが、そんなことはありませんでしたね。


まとめ

何度も何度も『もののけ姫』を見返して記事をまとめましたが、やはり一視聴者の考察でしかないので、もしかしたら食い違う部分も出てくるかもしれません。

でも、この考察を読むことで、より『もののけ姫』を楽しく観ることができれば良いなと思っています。


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※本ページの情報は202108月時点のものです。最新の配信状況は各動画配信サービスサイトにてご確認ください。

執筆
オっさん

火薬とファンタジーと筋肉が好き。趣味はボディメイク。ポケットに無限大な夢を詰め込んで冒険に出かけたい人生だった。アウトラインギリギリをアクロバティックに疾走したい。

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